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東京地方裁判所 平成3年(ワ)18482号 判決

本訴原告・反訴被告

株式会社葵プロモーション

右代表者代表取締役

原仁

右訴訟代理人弁護士

佐々木黎二

桒原康雄

田原大三郎

本訴被告・反訴原告

株式会社プロシュマ・ジャパン

右代表者代表取締役

寺山公人

本訴被告

寺山公人

寺山幸子

右三名訴訟代理人弁護士

松本久二

主文

一  本訴原告と本訴被告株式会社プロシュマ・ジャパンとの間において、昭和六二年六月一八日テレビ番組制作契約の同年八月一九日付合意解除に基づく本訴原告の本訴被告株式会社プロシュマ・ジャパンに対する金一五九六万五〇〇〇円の返還債務の存在しないことを確認する。

二  本訴被告らは本訴原告に対し、各自金五〇万円及びこれに対する平成四年一月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  本訴原告のその余の請求及び反訴原告の請求を棄却する。

四  訴訟費用は本訴については本訴被告らの、反訴については反訴原告の各負担とする。

五  この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一A  本訴請求の趣旨

1 本訴原告と本訴被告株式会社プロシュマ・ジャパンとの間において、昭和六二年六月一八日付テレビ番組制作契約の同年八月一九日付合意解除に基づく本訴原告の本訴被告株式会社プロシュマ・ジャパンに対する金一五九六万五〇〇〇円の返還債務の存在しないことを確認する。

2 本訴被告らは本訴原告に対し、各自金三〇〇万円及びこれに対する平成四年一月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は本訴被告らの負担とする。

4 第2項につき仮執行宣言

一B  本訴請求の趣旨に対する答弁

1 本訴原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は本訴原告の負担とする。

二A  反訴請求の趣旨

1 反訴被告は反訴原告に対し、一四〇六万五〇〇〇円及びこれに対する昭和六二年八月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は反訴被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二B  反訴請求の趣旨に対する答弁

1 反訴原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は反訴原告の負担とする。

第二  当事者の主張

(本訴)

一  請求原因

1 債務不存在確認について

本訴被告・反訴原告株式会社プロシュマ・ジャパン(以下「被告会社」という。)は、本訴原告・反訴被告(以下「原告」という。)に対して、昭和六二年六月一八日締結のテレビ番組制作契約(以下「本件契約」という。)の昭和六二年八月一九日付合意解除に基づき、金一五九六万五〇〇〇円の返還を請求している。

2 損害賠償請求について

(一) 原告と株式会社日本経済広告社(以下「日経広告社」という。)は、「ジュニアゴルフ世界選抜・日本大会」の開催を企画し、平成元年二月ころには、同大会の開催が決定していた。

(二) 本訴被告寺山公人(以下「被告寺山」という。)は、被告会社の代表取締役であるが、本訴被告寺山幸子(以下「被告幸子」という。)とともに、昭和六三年三月四月、右大会の開催を妨害し、右合意解除に基づく返還金を取得することを目的として、日経広告社に対し、右請求について原告に対する訴訟を提起する考えであること、そのため日本テレビ放送網株式会社(以下「日本テレビ」という。)に対しても資料を請求する旨通知した。

(三) (二)により、日本テレビ等に不測の迷惑をかけることを恐れた日経広告社は、右大会への関与を辞退し、日経広告社の関与を妨げられた右大会は開催中止に追い込まれた。

(四) 平成三年八月三〇日から同年九月一日にわたり、サンディエゴ・カウンティ・ジュニア・ゴルフ・アソシエイションの協力のもとに、中部日本放送株式会社(以下「中部日本放送」という。)等の主催で「ジャパンカップ世界ジュニアゴルフ選手権大会」が開催された。

(五) 本訴被告らは、右大会の妨害のため、平成三年七月から八月にかけて、中部日本放送及び右大会に一時参加した株式会社アイ・アンド・エス(以下「アイ・アンド・エス」という。)に対し、それぞれ一〇数回にわたり架電して、本件契約に関し「プロシュマは原告に騙された。」、「プロシュマは原告に二〇〇〇万円の貸しがある。」などと述べた他、それぞれに対して、平成三年八月二七日付内容証明郵便をもって、今後何らかのトラブルが発生し、各クライアント及び両社に迷惑が掛かる旨を通知して両社を強迫して、原告の信用を多大に毀損した。

(六) 本訴被告らの右各信用毀損行為により、原告が被った損害は少なくとも金三〇〇万円を下らない。

よって、原告は被告会社に対し、原告と被告会社間の昭和六二年六月一八日締結のテレビ番組制作契約の昭和六二年八月一九日付合意解除に基づく金一五九六万五〇〇〇円の返還債務の存在しないことの確認並びに原告は本訴被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、金三〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成四年一月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因第1項(一)の事実は認める。

2 請求原因第2項(一)の事実は認め、同項(二)の事実のうち、本訴被告らが日経広告社に対し、原告に対し訴訟提起の意思があること及びそのため日本テレビに対し大会開催に関する資料請求の意思のあることを伝えたことは認めるが、大会開催の妨害目的であったことは否認し、同項(三)の事実のうち日経広告社が右大会に関与しなくなった点は認めるが、その余の事実は否認し、同項(四)の事実は認め、同項(五)の事実のうち架電したこと自体は認めるが、その回数及びその内容等その余の事実は否認し、同項(六)の事実は否認する。

三  抗弁

1 (本件契約締結―本訴請求原因第1項に対する)

(一) 昭和六二年六月一八日、原告は被告会社との間において、同年七月一四日から一七日の間、アメリカ合衆国サンディエゴ市で開催される第二〇回オプティミスト・ジュニア・ワールド・ゴルフ・チャンピオンシップ(以下「OJWGC」という。)に関し原告がテレビ番組(以下「本件番組」という。)制作を行う旨の本件契約を左記の約定の下に締結した。

(1) 原告は被告会社に対し、昭和六二年八月三一日までに、放送時間九〇分、VTR番組用のカラー放送用完成ビデオテープ一インチ一本、本件番組を放送する放送局・放送日時に沿ったランニングタイム表一組及び完成台本を作成し交付する。

(2) 被告会社は原告に対し、本件番組制作の報酬として金四〇〇〇万円を左記のように分割して支払う他、原告のOJWGC取材のための航空券を昭和六二年六月三〇日までに原告に交付する。

① 昭和六二年六月二七日

金一五〇〇万円

② 昭和六二年七月三一日

金一五〇〇万円

③ 昭和六二年八月三一日

金一〇〇〇万円

(3) 被告会社は本件番組を昭和六二年一二月三一日までに日本全国において一回テレビ放送する権利を取得する。

(4) 原告は被告会社に対して本件テレビ番組のスポンサーを取得することを委託する。

(二) 被告会社は原告に対して、昭和六二年六月二七日、本件契約に基づき、金一五〇〇万円を支払った。

(三) 被告会社は、代金九六万五〇〇〇円で原告のOJWGC取材のための航空券を株式会社サニーワールドから購入して、原告に対し、本件契約に基づき交付した。

(四) 原告と被告会社は昭和六二年八月一九日、本件契約を解除することに合意し、原告は被告会社の出捐した金員を無条件で返還する旨約した。

2 (自力救済―本訴請求原因第2項に対する)

被告らが、請求原因第2項の文書の送付、架電を行ったのは、公の場で、原告と被告会社間の本件報酬金返還請求権をめぐる紛争及び被告らの主張の正当性を議論する目的のためであった。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁第1項(一)ないし(三)の事実は認める。

2 抗弁第1項(四)及び第2項の事実は否認する。

五  再抗弁

1(一) 原告は被告会社に対して、昭和六二年八月三一日、本件契約に基づき、同年七月三一日支払予定の報酬金の支払いを催告し、同年九月一〇日までに支払いなきときは本件契約を解除する旨の意思表示をした。

(二) 同年九月一〇日は経過した。

(三) その後、原告は被告会社に代えて日経広告社との間にテレビ番組制作契約を締結し、原告が本件番組を制作する一方、日経広告社は、本件番組をテレビ放映させ、その際のコマーシャルスポンサーを獲得することを受託するとともに、原告は本件番組制作の報酬として同番組のコマ―シャルタイム販売権三分三〇秒を取得し、日経広告社はその余の右販売権を取得する旨合意した。

(四) 日経広告社は被告会社との間において、昭和六二年一〇月中旬ころ、前記の金一五〇〇万円の報酬代金返還債務及び航空券の購入代金九六万五〇〇〇円の返還債務の弁済等に代えて二分間の本件番組のコマーシャルタイム販売権を譲渡する旨合意し、原告はこれを承諾した。

2 (相殺)

(一)ないし(三) 再抗弁第1項(一)ないし(三)と同じ

(四) 原告は、再抗弁第1項(三)により取得したコマーシャルタイム販売権を、代金金二一〇〇万円の約定で株式会社キョウエイアドインターナショナルに対して売却した。

(五) 原告は被告会社の報酬金支払債務の不履行及びこれによる本件契約の解除により、被告会社に対する金四〇〇〇万円の報酬請求権のうち金一九〇〇万円の報酬請求権を失ったことになり、右同額の損害を被った。

(六) 原告は被告らに対し、平成六年一月三一日、本件口頭弁論期日において、右損害賠償請求権と被告会社主張の報酬金返還請求権を対等額で相殺する旨の意思表示をした。

六  再抗弁に対する認否

1 再抗弁第1項(一)、(三)の事実及び同項(四)の事実のうち被告会社が報酬代金の返還に代えてコマーシャルタイム販売権を譲り受けた事実は否認し、その余の事実は認める。

2 再抗弁第2項(一)、(三)ないし(五)の事実は認否する。

(反訴)

一  請求原因

1 被告会社は広告代理業を業とする株式会社であり、原告はテレビ放映用のビデオテープ作成を業とする株式会社である。

2 本訴抗弁第1項と同じ

よって、被告会社は原告に対し、本件契約の合意解除による報酬金返還請求権に基づき、金一四〇六万五〇〇〇円及びこれに対する昭和六二年八月二〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因第1項及び第2項(一)ないし(三)の各事実は認め、その余の事実は否認する。

三  抗弁

本訴再抗弁第1項、第2項と同じ

四  抗弁に対する認否

1 抗弁第1項(一)、(三)の事実及び同項(四)の事実のうち被告会社が報酬金の返還に代えてコマーシャルタイム販売権を譲り受けた事実は否認し、その余の事実は認める。

2 抗弁第2項(一)、(三)ないし(五)の事実は否認する。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  本訴請求の趣旨第1項、反訴請求について

1  本訴請求原因第1項、本訴抗弁第1項及び反訴請求原因第2項の事実のうちそれぞれの(一)ないし(三)の事実、反訴請求原因第1項の事実は当事者間に争いがない。

2  本訴抗弁第1項(四)及び反訴請求原因第2項(四)並びに本訴再抗弁第1項、反訴抗弁第1項の事実について検討する。

(一)  成立に争いのない甲第一号証、第二号証の一、二、第三号証、第四号証、第五号証の一、二、第六号証、第七号証の一、二、第一五号証の一、二、乙第一〇号証(甲第四号証は原本の存在とも。)、証人小澤義明の証言により成立の認められる甲第二二号証の一ないし三、証人小澤義明、同田寺順史郎の各証言、被告会社代表者兼被告寺山公人の本人尋問の結果によれば、左の事実が認められ、右認定に反する証拠は採用しない。

(1) 本件契約によって、原告は被告会社に対して合計金四〇〇〇万円の本件番組制作の対価を請求する権利を取得し、被告会社は原告の制作した本件番組について一定の期間に一回だけ本件番組をテレビ放映するため本件番組を利用する権利及び本件番組の放映の際のコマーシャルタイムについてスポンサーセールスを行いそれによって収益を上げる権利を取得した。

(2) 被告会社は、本件契約に基づいて、原告の本件番組制作の対価としての報酬金を支払うために、当時日経広告社第一営業局第一部部長の職にあり、従来仕事上のつながりをもっていた田寺順史郎(以下「田寺」という。)の紹介で、株式会社セントラルハウジングとの間において、田寺を連帯保証人として、金四〇〇〇万円の貸金契約の予約を締結し、うち金二〇〇〇万円については、昭和六二年六月二五日、貸付を受け、原告に対して、右金員のうち金一五〇〇万円を右報酬として支払い、その後株式会社サニーワールドから代金九六万五〇〇〇円で購入した航空券を交付した。

(3) このころ、被告会社は日経広告社に本件契約について、被告会社にその役割を承継させようとして、本件番組の放送時間の確保、スポンサーセールスを行っており、被告会社と意を通じて、田寺等の日経広告社の従業員も被告会社の右の活動を補助していたが、日経広告社の従業員は被告会社に対する配慮から原告との直接の接触はしなかった。

(4) 原告は、本件契約に基づいて本件番組制作のためのOJWGCの録画収録のため、昭和六二年七月八日、日本を出国し、同月一四日から同月一七日までの間、現地でのロケーションを行い、同月二〇日に現地での収録を終えて帰国した。

ところが、被告会社は原告に対し、同月三一日、本件契約に基づき、原告の本件番組制作の対価としての報酬金金一五〇〇万円を支払わねばならないところ、同月三〇日到着の書面において、そのころ、被告会社が本件契約に基づいて原告に対して受託していたテレビ会社との間の放映時間の確保についての交渉が難航し、放送が困難になったとして、被告会社は原告に対する右の報酬金の支払いを被告会社の右放映時間の確保等の交渉が妥結するまで延期する旨を原告に対して申し出た。

被告会社の右の営業活動の不調は、被告会社が交渉を進めていたテレビ朝日が原告の提示していた本件番組についての制作費が金四〇〇〇万円と高額であるため、本件番組制作費に見合う営業活動ができるのかどうかについて懸念を抱いていたことによるもので、原告は被告会社の本件番組の放映時間の確保、スポンサーセールスが不調であって、今後の見通しが立たないと判断し、前記のように既に本件番組の本体であるOJWGCの録画をアメリカ合衆国において収録しており、右の収録作業及びそのための出捐が無意味なものとなることを避けるために、本件番組制作、放映実現に向けてテレビ会社との交渉を独自に行うこととした。

(5) その中で、原告と被告会社との間に交渉がもたれたが、結局原告は被告会社の前記の申入れに対して昭和六二年八月三一日、被告会社に対し、被告会社が本件契約に基づき負担する報酬金のうち同年七月三一日を支払期日とする金一五〇〇万円及び同年八月三一日を支払期日とする金一〇〇〇万円を、同年九月一〇日までに支払わない場合は、本件契約を解除する旨の意思表示をし、被告会社は、同年九月一〇日、原告の右解除を承認した。

(6) 原告は、昭和六二年八月以降、日経広告社と共同して日本テレビでの本件番組の放映時間の確保等の交渉を行うに至ったが、日経広告社を本件番組についての広告代理店とするに際し、原告が本件契約に基づき被告会社から回収すべき報酬金を右の契約解除後いかにして回収を図るか、また、被告会社の金一五九六万五〇〇〇円の返還請求に対してどのように対応するのかが問題となり、本件番組のコマーシャルタイム販売権を分割して、原告、被告会社、日経広告社のそれぞれが、コマーシャルタイムを販売するスポンサーセールスによって、経費等を回収する方針が決定され、同年一〇月一日、原告、被告会社、日経広告社間において、本件番組の放映時間が九〇分とされた場合には、コマーシャルタイム全九分のうち、日経広告社に五分、原告に二分三〇秒、被告会社に一分三〇秒を与え、本件番組の放映時間が一二〇分とされた場合には、コマーシャルタイム全一二分のうち、日経広告社に六分三〇秒、原告に三分三〇秒、被告会社に二分を与え、それぞれがスポンサーセールスを行い、それによって得た収益で本件番組制作に関与したことによる経費等を回収し、セールスの結果が芳しくなく、経費等の回収が全額なされなくとも、回収できなかった分は自己負担とする旨合意が成立した。

(7) 右の本件番組の放映時間が一二〇分とされた場合のコマーシャルタイムの配分は、原告が本件契約に基づき被告会社に対し有していた報酬金債権の取得不能に陥った部分である金二五〇〇万円を取得しうること並びに被告会社が報酬金として原告に対し既に支払った金一五〇〇万円及び原告に交付した航空券の代金相当額九六万五〇〇〇円を回収しうる程度であることを一応の目安として決定された。

(8) 昭和六二年一〇月中旬には、本件番組が、日本テレビ系列の放送局により、昭和六三年一月九日、一六日に前後編として各一時間ずつ放映されることが決定し、原告は昭和六二年一二月下旬ころまで、編集作業を継続した。

(9) 右の間、原告は前記の合意により取得した本件番組についての三分三〇秒のコマーシャルタイム販売権のセールスを行い、従来原告との間に取引関係のある株式会社キョウエイアドインターナショナルに対して、金二一〇〇万円で売却した。

(10) 右当時、日経広告社は、本件番組のコマーシャルタイム販売権六分三〇秒を前記の合意によって取得したが、これを合計金四千数百万円、最高三〇秒金五〇〇万円、最低の一つは全日空に対し三〇秒を航空券二枚で、もしくは三〇秒を金一二〇万円で売却した。

(11) 被告会社は、前記の三者間の合意による本件番組のコマーシャルタイム二分のうち一分を西武百貨店に対し金一九〇万円で、残余を旭光学商事株式会社に対し対価なく譲り渡すといういわば捨値で処分した。

(12) 本件番組は、前記(8)の決定どおり、日本テレビによって、昭和六三年一月九日、同月一六日のいずれも午前八時三〇分から同九時二四分まで放映され、その際、原告、被告会社及び日経広告社の販売したコマーシャルタイムにおけるコマーシャルは全て放映された。

(二)  なお、被告らは、証人小澤、同田寺の各証言に反して、前記の本件番組のコマーシャルタイム販売権の譲受によって、本件契約の解除による報酬金の返還に代える旨の合意をしたのではなく、右報酬金の返還の一部に充てる旨の合意がなされたに過ぎず、甲第四号証はその趣旨を示したものである旨主張するので、この点判断する。

右に挙げた当事者間に争いのない事実及び認定にかかる事実を総合すれば、元来、本件契約上、原告と被告会社とは被告会社にコマーシャルタイム販売権を全て与える代りにその販売は自らの責任と努力によって行い、その実際の販売による収益の多寡を問わず、実際に販売できたコマーシャルタイムの代金収入をもって、その報酬金及び営業活動等の必要経費等に充てる旨合意したものであり、原告と被告会社及び日経広告社は、原告と被告会社との間がかかる契約関係にあったことを前提にして前記認定のコマーシャルタイム販売権の売却益をもって被告会社の原告に対する報酬金返還請求権に充当する旨の合意をして、コマーシャルタイム販売権を被告会社に対し譲渡していること、右コマーシャルタイム販売権を売却することによって、原告及び日経広告社は前記認定のとおりの収益をあげていることからすれば、被告会社としても、その譲受したコマーシャルタイム販売権は報酬金相当額程度の価格で販売することの可能なものであったこと、被告寺山自身はコマーシャルタイム販売権の売得金の金額を覚えておらず、被告会社は広告代理店業務を業としておりコマーシャルタイムの販売について特に困難な事情はないにも拘らず、ほとんど捨値といえる価格でしかコマーシャルタイム販売権の販売をしなかったこと、被告会社の前記認定にかかる債務不履行により原告は報酬金収入を失い、相当額の損害を生じていたこと、前記のコマーシャルタイムの分配割合は報酬金請求権の残額が金二五〇〇万円の原告において三分三〇秒、返還請求権相当額が金一五九六万五〇〇〇円の被告会社において二分であって、その比率は相当近似していること等の事情が認められ、これらの事情によれば、原告、被告会社及び日経広告社の間において、昭和六二年一〇月一日合意された本件番組についてのコマーシャルタイム販売権の分配は、本件契約の解除に基づく原告の被告会社に対する報酬金返還債務の履行に代えてなされたものであると認められ、被告会社代表者兼被告寺山公人の本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠は存在しない。

3  したがって、被告会社主張の本件契約の合意解除に基づく報酬金返還請求権は、右認定のコマーシャルタイム販売権の譲渡による代物弁済によって消滅したものというべきであるから、原告の本訴請求の趣旨第1項は理由があり、被告会社の反訴請求は失当である。

二  本訴請求の趣旨第2項について

1  本訴請求原因第2項(一)、(四)の事実及び同項(二)の事実のうち被告らが日経広告社に対し原告に対し訴訟提起する意思があること、そのため日本テレビに対し資料請求する意思がある旨通知したこと、同項(三)の事実のうち日経広告社がジュニアゴルフ世界選抜・日本大会への関与を取り止めたこと、同項(五)の事実のうち被告らが中部日本放送、アイ・アンド・エスに架電したことは当事者間に争いがない。

2  本訴請求原因第2項(二)、(三)、(五)、(六)の事実及び本訴抗弁第2項の事実を検討する。

(一)  成立に争いのない甲第一一、第一二号証の各一、二、第二三号証、乙第七、第八号証(甲第一一号証の一、二は原本の存在とも。)、証人小澤義明の証言により成立の認められる甲第九号証の一、二、第一八号証、第一九号証の一、二、証人田寺順史郎の証言により成立の認められる甲第八号証、第一〇号証の一、第一七号証、証人小澤義明、同田寺順史郎の証言、被告会社代表者兼被告寺山公人の本人尋問の結果を総合すれば、左の事実を認めることができる。

(1) 昭和六二年七月、原告の担当者である小澤義明(以下「小澤」という。)は、前記のOJWGCの現地ロケーションを行った折り、OJWGCの開催地であるサンディエゴ市が横浜市と姉妹都市の関係にあることを知り、横浜市でジュニアゴルフ世界選抜・日本大会を開催することを企画して、OJWGCのノリーウエスト会長(以下「ノリーウエスト」という。)に対して横浜市での大会開催を申し入れたところ、ノリーウエストは、これに同意して、その後小澤及びノリーウエストを中心にして右大会の横浜市での開催について計画されるに至った。

(2) 少なくとも、昭和六二年九月ころからは、日経広告社の従業員である田寺等も右の計画作業に参画するようになり、田寺等は横浜市の職員等と折衝をもつようになった。

(3) 昭和六三年七月に開催されたOJWGCは、日経広告社を広告代理店として、日本テレビ系列で同年八月一三日、同月二〇日、各一時間の番組として放送され、この間も、OJWGC側とは横浜市でのジュニアゴルフ世界選抜・日本大会の開催に関する交渉が継続されていた。

(4) 日経広告社は昭和六三年五月、財団法人日本ゴルフ協会に対し、横浜市での右ジュニアゴルフ世界選抜・日本大会の主催者就任の要請をしたところ、平成元年一月、財団法人日本ゴルフ協会が主催者となることが決定され、同月二三日、財団法人日本ゴルフ協会から小澤に対して、同大会の実行委員の委嘱状が送付されてきた。

(5) 財団法人日本ゴルフ協会事務局内において、第一回実行委員会が開催され、同委員会において、ジュニアゴルフ世界選抜・日本大会開催に関して小澤等をアメリカ合衆国に派遣することが決定され、平成元年二月一七日、サンディエゴ市で小澤等が参加してOJWGCコミッティ会議が開催され、同会議において、同大会開催が決定された。

このように、平成元年二月末ころには、ジュニアゴルフ世界選抜・日本大会の実現に向けての基本的な合意、基本的準備作業は完了していた。

(6) 日経広告社は、被告寺山が、平成元年三月、日経広告社に対し、被告会社が原告を提訴する予定であり、その準備のために日本テレビ及びOJWGCの事務局に対し資料を請求する予定である、との通知を発したことから、被告寺山に対し提訴を思い止まるように等と説得を行ったが結局説得が不調に終わったことから、被告寺山の資料請求等の行動が日本テレビ他の関係者に対し迷惑をかけるなどの影響があることを考慮して、同月八日、原告らの翻意を促す説得にも拘らず右ジュニアゴルフ世界選抜・日本大会への関与を辞退するに至った。

(7) 日経広告社の右ジュニアゴルフ世界選抜・日本大会への関与辞退を受けて、同月二四日、財団法人日本ゴルフ協会も同大会の主催者の地位を辞退することとなり、その結果、同大会は中止のやむなきに至った。

このため、財団法人日本ゴルフ協会とOJWGCとの関係も一時悪化し、原告のOJWGCに対する説得により法的紛争となることは回避されたが、原告はテレビ放映の見込みも立たないのにOJWGCとの関係の維持のためだけに、第二二回OJWGC大会の現地のロケーションを行った。

右ジュニアゴルフ世界選抜・日本大会は、日経広告社及び被告会社並びに原告の三社の話し合いの中で当初は企画されたものであるが、企画当初の段階で前記認定の本件契約に基づく報酬金の支払及び既払い報酬金の返還をめぐって原告と被告会社間で対立を生じたため、原告と被告会社間の協力体制をとることはできなくなり、原告と被告会社に代って本件番組制作及びそのテレビ放映を行った日経広告社との間において同大会の開催が継続的に計画されるに至った。

(8) 平成二年二月、原告はアイ・アンド・エスと協力して、ジュニアゴルフの世界大会の名古屋市での開催を目指して、同大会の企画を立案し、これを中部日本放送に提案したところ、その後三社の合意の下基本方針が作成され、同年一二月、同大会のスポンサーセールスに自信がないとの理由でアイ・アンド・エスが右企画から撤退したものの、原告及び中部日本放送の協力で、企画は進行され、平成三年一月、OJWGCコミッティ会議において、右大会の開催が了承され、開催が決定されるに至った。

(9) ジャパンカップ世界ジュニアゴルフ選手権大会と名付けられた右の大会は、平成三年八月三〇日から同年九月一日までの日程で、岐阜県可児市の富士カントリー塩河倶楽部において開催された。

(10) 平成三年七月、被告寺山及び被告幸子は、中部日本放送及びアイ・アンド・エスに対し、文書もしくは架電によって、右大会の開催の中止を申し入れるとともに、同大会が中止されない場合は何らかのトラブルが生じてクライアント及び中部日本放送並びにアイ・アンド・エスに対して迷惑がかかり、同大会のイメージダウンとなる可能性があることを通知した。

右の際、被告寺山及び被告幸子は、被告会社の原告に対する本件契約の解除に基づく報酬金返還請求という問題があることを他の業者にも知らしめて、右の問題が公の場で議論されることを望むとともに、原告からの何らかのアクションを引き出すことを目的としていた。

(11) 被告寺山は、OJWGCの関与する日本でのジュニアのゴルフ大会について、オプティミスト・インターナショナルのボランティア精神等を基礎にした日本人にボランティア精神を啓蒙するような大会にしたいとの希望をもっており、その見地から右の大会の日本での開催を計画していたが、OJWGCのノリーウエスト又はその他の職員及びオプティミスト・インターナショナルの責任者又は担当者とコンタクトをとったことはなく、右の者との間に特に関係はなかった。

OJWGCの日本大会の開催に際しては、オプティミスト・インターナショナルの責任者及びOJWGCのノリーウエストとの折衝を行うことが必要不可欠であった。

(12) テレビをはじめとするマスコミ関係者は、放映する番組等に関して法的紛争ないし訴訟が存在することを忌避する傾向がある。

(13) 被告会社は、本件反訴を提起するまで、本件契約の解除に基づく返還金請求訴訟を提起したことはない。

(二) 以上の事情を総合すれば、被告らは、前記認定の二大会の開催がほぼ確実となった時期に、被告会社が本件契約の解除に基づく報酬金返還請求に関して、訴訟を提起しうるにも拘らず、あえて原告の取引先である日経広告社、中部日本放送、アイ・アンド・エスに対して、被告会社から原告に対し訴訟が提起される可能性があり、その際は原告からの又は原告に対する金銭の流れについての資料を請求することがありえ、その結果右の者にとって迷惑となりそのクライアント等に対する信用に関わる結果となる等と述べ、そのため、日経広告社をしてジュニアゴルフ世界選抜・日本大会への関与を辞退させ、同大会を中止させたものであり、右の行為は、被告らにおいて、原告と被告らの所属するメディアの業界では、訴訟沙汰になった者が制作等に関与した番組等に対し警戒感が強いことから、右のような被告らの行為によって原告及びその仕事に対する業界における信用が大きく失墜し、その結果、横浜市でのジュニアゴルフ世界選抜・日本大会の開催及び岐阜県可児市でのジャパンカップ世界ジュニアゴルフ選手権の開催継続に対して何らかの問題が発生する可能性があることを認識しつつしたものと認めることができ、一方、右の両大会について被告らは被告会社に一定の権利があるかの如き見解を有するかのようであるが、右の両大会のうちジュニアゴルフ世界選抜・日本大会については企画当初の段階では被告会社も関与していたといえるが、企画当初の段階で本件契約に関する原告との紛争が発生し、その後被告会社と原告及び日経広告社との関係は失われたこと、右両大会はOJWGC及びオプティミスト・インターナショナルとの関係が重要であり、この関係は原告の小澤によって保たれていたこと、被告寺山自身はOJWGCないしオプティミスト・インターナショナルとは何ら関係を有しておらず、何らの働きかけも行っていないことを総合すれば、被告会社に右の両大会への何らかの権利があると認めることはできず、被告らの右認定にかかる一連の行為は主として本件契約の解除に基づく返還請求権を巡ってなされたものと認めるべきところ、原告の信用を毀損し、原告の企画・立案にかかる前記認定の二大会の開催を妨害するものであると認められ債権回収行為として社会通念上許容される範囲を逸脱した行為であると評価でき、したがって、被告らの右の行為は違法である。

(三) 被告らの右違法行為によって原告の受けた損害については、被告らの右行為の不法性の程度やこれにより失墜された原告の信用等を総合勘案すれば金五〇万円と評価するのが相当である。

三  以上の次第であるから、原告の本訴請求の趣旨第1項の請求は理由があるからこれを認容し、原告の本訴請求の趣旨第2項の請求は、不法行為に基づく損害賠償請求金として金五〇万円及びこれに対する不法行為の後である平成四年一月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるから、右の限度でこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却することとし、被告会社の反訴請求は失当であるのでこれを棄却することとして、訴訟費用については、民事訴訟法八九条、九三条、九二条を、仮執行宣言については同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官星野雅紀 裁判官金子順一 裁判官吉井隆平)

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